砂時計のくびれた場所

競馬の血統について語るブログ

藤田伸二から考える福永祐一

コネやエージェント制で槍玉に挙げられる福永騎手。様々な立場から「優等生」と言われる彼だけれど馬上においてはそんなことがなく、今でもトップジョッキーでやれてるのはコネなんかもあるけれど雑草魂的な何かがあったのかなと思う。

けれど実力社会を謳うのであれば福永祐一を使う必要はないのだわ。代わりに藤田騎手へ有力馬の依頼がまわってもいいはず。更に言えばルメールやミルコに行けば良い。福永は良くも悪くも二番手なのよ。言っちゃ悪いけど平場だけ乗ってりゃいいのよ。

単純に福永騎手と藤田騎手を比較すれば・・・少なくとも中距離馬は藤田騎手に渡した方が良いだろう。なぜなら藤田騎手は「当たり前の運びで当たり前に勝てる人」だから。福永は当たり前に運んでも結果がついてこないのだわ。不思議な話だけどね。

それでもまぁミルコとかルメールとか岩田に負けるのは仕方がないと思う。特に皐月賞リアルスティールなんて涙なしには見られない悲惨なレースだった・・・。でもあれをG1で当たり前にやれてこそ藤田騎手と同じ土俵に立てるのだわ。

ただ藤田騎手はその土俵にダービーの時にいたはず。そりゃ時代も違えば遅咲き早咲きもあるだろうが、混合中距離G1を普通に勝つことから全ては始まるかな。当たり前のペース、当たり前の位置、当たり前の差し脚。それで勝たせられなきゃ何も始まらない。その延長線上にあるロードカナロアゴールドシップのレベルにはいつまでも乗られやしない。

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