砂時計のくびれた場所

競馬の血統について語るブログ

どうして欧州のレースは大差がつきやすいのか(途中で飽きた)

ハービンジャーがKG6&QESで見せた11馬身差で勝ったり、フランケルはマイル戦で11馬身つけちゃったりする。エイシンヒカリもまた8馬身で勝ったりした。日本馬でもそんなことが出来るのだから馬が強いとかではなくて、競馬場がそういう作りになっているのだろう。

アスコットもシャンティイも土地を切り開いて作ったコースだ。エプソムダウンズなどは山を切り開いた様子すらあって、まさに「郊外」の感があるし、また少々の起伏はアクセントと言わんばかりに健在である。日本のペターンとしたコースとは違う。アスコットなどはちょいちょい工事して起伏を減らしているらしい。

これはどういうことかと言うと、まず登ることによってスタミナが削られることがある。自然、登ることによってスタミナを削られない様に登坂を登るためのパワーを身につける様になる。登ることに特化した姿は現代のサラブレッドとは似つかない。過去のイギリス馬などは本当にサラブレッドなのかと疑わしい体形をしていて、Hurry OnやBlandfordは農耕馬が如き肉体を持つ。(ただ現役時代に撮られたかは分からない。あれはあまりにも立派過ぎる)

身体が大きければそれだけスタミナの貯蔵量が増えるし、ステイヤー全盛の時代においては当然の進化過程を辿っているだろう。登るパワーと大きな身体から得られるスタミナは同じ方向を向いた要素だ。デスペラードの方向性だな!

登ることによってスタミナが消耗する、だからパワーを得てスタミナの消耗を緩和する。

このメカニズムには色々あるのだろうが、まず登坂によって落ちた速度を回復させる負担がある。これはとても大きいことで、よっこらせっとピッチを上げて登った後にそのピッチを緩やかに加工させつつ自らの走りやすい速度域まで回復させる必要があるのだ。

燃費の良い速度域で走っている馬は燃費の良いストライド幅をキープしているわけで、ストライドを乱す登坂は明らかなマイナス要因。時計だけを考えればこの燃費の良いストライド幅を保って走ることがベストであり、負担がないに越したことはない。

ただ燃費の良い速度域が馬にとってのマイペースであるはずがなく、あくまでもコンバットスピード。気合入れて維持しているスピードであるから単走で実現することが容易いはずもない。群れのペースに合わせて走るとか、目標を明確にして走らせるとか、そういうことしないとペース維持は難しい。

だから逃げてきちんとしたペースを作ることは難しい。馬のやる気を削がずにスローへ誘導するのも難しいものだが、一定の速いペースで走らせることの方が難しいのではないか。かかる間際で折り合いつつ、こちらの意志を伝えなければならない。

最も難しいのは馬群の中を移動することで、これを道中でやらかす騎手はそうそういない。内から進出するにしても広い空間ありきであるし、まくりという技術は馬群の外で行うものである。昨年の凱旋門賞デットーリがやらかした先行も大外から。

馬群の中で走っている馬を不必要に急かすと、おそらく機嫌をそこねるんじゃないかな。勝負どころで気持ちを上向かせて、馬群大好き状態から目標へ迫る状態へ移行させる。好位や中団の内側ではそんな動きが精一杯ではないかな。

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