砂時計のくびれた場所

競馬の血統について語るブログ

足利滞在1日目

朝一にニュースを見て雨の予報を得る。また関東全域が寒い。

こちらは暑いことを前提とした服であるから、旅先の寒い雨を受けるつもりはさらさらなかった。府中の競馬観戦には大きな魅力を感じていたのだが、目的が旅行ではないため断念することにした。雨の中で人ごみを歩き回るのは体力が要る。今度はそれを目的として東京に宿をとろう。せめて交通に不便がないところへ。

予定が白紙へ帰ったため、また雨の予報であったため、引きこもりを決意した。

こうしてパソコンを借りて競馬の予想にいそしむこととしたのだ。シンハライトの故障で秋華賞は本命不在の舞台となる。深い理解が不可欠である。

ところが新郎から連絡が入った。昼飯を食べに出たのだが、用があるらしく式場へ寄ることになった。それが例え小用であっても、参席者の俺が打ち合わせの場にあるのは肩身が狭い。しかし車内待機は暇であるし、また気になることもあった。打ち合わせに使う部屋もおしゃれなのだろうかと。

結婚式場はおしゃれである。おしゃれな空間はどこまで広がっているのだろう。やはり打ち合わせに使う部屋もおしゃれなのだろうか。これが殺風景な事務室であったなら、実に面白い。いずれにしても知るに不必要なことはない。

おしゃれな部屋で打ち合わせを終えた。しかしBGMがiPod出力であったのが似合わなかった。今にして思えば、あれは打ち合わせに使うのだろう。あのコンポなら出力端子には困らない。式中のBGMを何からでも出力できるように配慮されている。

もしかすると式に関することについては、かなりの無茶振りに応えられるのではないか。

打ち合わせを終えて昼食へ。近所のラーメン屋へ向かったのだが話がどうも見えない。

よくよく話を聞くと新婦がやってくるらしい。初対面の新婦とどうしてラーメン屋を供にしなければならないのか、不思議である。それはそれで面白いのだがナイーヴな人見知りにそういうことを土壇場で伝えるのはやめてほしい。

ただ、これを覚悟という格好いい言葉で表すのもどうかと思うが。

覚悟に時間はいらない。出来ないやつは時間の有無にかかわらず出来やしないのだ。よくわからないままに流されることしか出来ない。福永流で言うなら「流されようと思って流れていくのと、ただ流されるのでは違う」ということだろう。だから、きちんと、流れようと思った。

流れようとする気持ちが覚悟と言うのかは分からない。とりあえずはそうすることにしている。馬も直線へ流れ込んで行くのだし、それでいいんじゃないかと思う。その中で居心地良くいられるのであれば、より直線で弾けられるはずだ。

それを思えば、人間ももっと親族の特性を理解すべきだろう。現代人のスペック低下は、親族を理解しないがために起こる低適性下における生活が理由だと思うのだ。相互理解の出来ている家族は、みな、より良く生きているのではないか。子にとって親は鏡であろうし、親にとっても子は鏡である。

ともあれ昼食開始。新婦は気さくな方で、とても馴染みやすい人だった。新郎新婦のセットを見る限り、とても幸せそうである。なのに俺が会話の輪から弾かれずにいられるのは、新婦の人柄による。そうだ、この夫婦からは気の優しい男子と意志の強い女子が産まれそうである。

傍から見ると新郎が新婦の尻に敷かれている感があるのだが、節々に依存の様子がある。新婦は初見であるので深くは知らないが、新郎は行動や言動からは伺えないやんちゃな芯の強さがある。表面で揺れているのに、土台はしっかりしているのだ。

男の意志は、あまり息子に受け継がれない。どちらかとそれは娘に受け継がれやすく、また彼はその強さを以って息子と接しようというタイプではないのではないかと思う。むしろ父を尻に敷く母を見て、強く意志の素養を受け継いだ娘が勝手に育っていくのではないだろうか。姉と弟の関係で子を為すと、弟が少しかわいそうな気もする。

あくまで妄想である。きちんとやるのであれば3代までのデータが欲しい。けれどそのデータは膨大になるだろうし、人間はほとんどがアウトブリーダーであるから隔世遺伝の発生が強く見込める。無視できるレベルではないだろう。

人馬ともに育成に対する比重が重い。純粋ではない人間においては特にそうだと思う。すると予想するにあたって重要視すべきは夫婦の育成特性であり、強いインブリードによって自然に父母のいずれかに似る馬とは条件が異なる。つまり、見るべきは血統ではなく夫婦のあり方、性質だろう。なら血統論にのめりこむ俺には関係のない話であった。

昼食を終えると、新郎が観光へ連れ出してくれた。何やら彼は式の準備を新婦にほとんど委ねており、そのせいで何度も怒られ叱られたらしく、連れ出してくれるにしても新婦の許可が必要だったらしい。その許可を昼食の席で取ったのだ。

初めは「温泉ならこの前も行ったでしょ」という体で不満顔であった新婦も最後には折れてくれた。金山城跡へ行きたかったので温泉の許可など要らない、そうさりげなく、心の片隅で考えていたのだが。温泉も大好きだが城跡も好きである。何ならカラオケコースでも構わなかった。新郎と俺は懐メロ大好きな平成っ子である。なので彼とのカラオケが一番気を使わずにいられるし、また幾多とある名曲を知るのにちょうど良い機会でもあった。俺はチャゲアスをこよなく愛し、彼は広く浅く何でも聞いていた。俺にとって浮気相手を探すのに適当なのだ。

だがあえなく新婦は折れてしまった。温泉にテンションを上げる新郎であるが、俺自身は少々低下気味である。ただ、風呂というものは俺の生活においていつもそんなものだ。入る段となると面倒くささが先にたつ。入ってしまえば実にすがすがしい。今日はとことん流れることに決めたのだった。

[fin]