砂時計のくびれた場所

競馬の血統について語るブログ

逆説としての血統表現

アルアインを見る その2」よりはみ出したことをちょいと書いておく。

主旨は「5代内クロスの対象となった血統Aよりも、それに近しい5代外クロス血統Bの方が表現へ関わりやすい」である。

例えばHaloを3本引く馬、Halo4×4×5はHaloらしい馬に出るだろう。姿形から機能まで、実馬Haloに近いものとなるかもしれない。実際にそういった例もあることかと思う。

その一方。4分の1サンデーサイレンス配合において、背景にHyperion・Son-in-Law・Flambette・Admirationのクロスも見られることだろう。この場合の「Haloらしさ」とは、どちらのクロスに重きが置かれたものだろうか?

俺はスワーヴリチャードをHaloらしい馬と見るが、これは主観に過ぎない。したらば、スワーヴリチャードよりもヴィルシーナシュヴァルグランの方がHaloらしいのか?サトノダイヤモンドの方が?マカヒキの方が?あるいは、アルアイン

ダイワメジャーの黄金配合馬(Haloニアリー)はHaloらしいのか?らしくないのか?

キタサンブラックはHaloらしいのか?らしくないのか?

ハーツクライ産駒はみんなBusandaらしい馬かもしれないし、ジェンティルドンナキタサンブラックLyphardらしい馬なのかもしれないし、ダイワメジャーの黄金配合馬はノーザンテーストらしいかもしれない。

それを全部ひっくるめてなお「Haloらしい」とするべきなのか?

どこかで一本の線を引くべきではないか。

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